名作紹介・「パルフェ- chocolat second brew -」 世界は優しい、されど聖域を拡大せよ――

 「あなたの周りの世界は、あなたが思うよりちょっとだけ優しい」。

・世界はあなたが思っているよりほんの少しだけ際限なく優しい
 このゲームが語られる際、「あなたの周りの世界は、あなたが思うよりちょっとだけ優しい」という作中での言葉が取り沙汰される。
 暖かな人間関係。
 この世界にはひとりとして、許せないほどの嫌な奴は存在しない。
 たとえ嵌められて当て馬として使われたとしても*1、そこにあるのは当て馬として使われる当の相手との争いではなく競いでしかない。

 このゲームに苦闘は存在する。が、別に残酷な世界が描かれるとかそういうことはない。
 パルフェにおいては、見ず知らずの人間が、ご飯を奢るだけで在籍する学校の試験情報をペラペラしゃべるのだ。

 ちょっとだけ優しいという言い方は、逆説的にこの世界の際限なく優しい世界観を表現する。
 気持ち悪い言い方になるが、そもそも主人公高村仁からしてこの世界らしい優しさの塊であるといえる。彼が誰かに手を差し伸べるシーンは作中数えきれない。
 あるいは主人公が優しいから世界も優しくなるのか?
 優しい曲調のBGM、温かみのある背景、この世界ならどんな人間でもこの世界らしい人間になって、生きていけるのではないだろうか?

・位牌の神棚
 だがしかし、これらの優しい世界は、主人公仁にとっての聖域ではない。
 聖域とは、現実において傷ついた自分自身を休める場所だ。そして、どんなときでも何でもすると無言あるいは有言で約束しあわれた、関係性の集合体のことだ。全ての人間がそれを所持している。
 仁にとっての聖域とはなんだろう。
 それは、家族だった。

 高村仁は盲目的に家族をたいせつにするキャラクターとして描かれている。
 作中の描写だけでも、いつも位牌に手を合わせることを忘れないし、あらゆる場面で他のすべてに姉が優先している。
 そのことはヒロインたちに散々シスコンとからかわれるが、間違いなく彼はシスコンなわけではなく、もう生きて話せる家族が姉しか残っていないというだけなのだ。

 しかしここでよく考えてみたい。
 火事で焼失した姉との大切な家の焼け跡で、大切な位牌だけが焼失前は庭だった部分に転がっていて無事だった。
 そんなことがありえるだろうか。それをそんなこともあるんだなで済ませる人間がいるだろうか。庭に位牌を転がして保管する家がどこにある?
 今残っている僅かな聖域を、守ってくれったのは聖域の中の人間ではなかったし、その聖域を守った人間は、直後の混乱から聖域(姉)を守る中でないがしろにされた。
 その人間は仁がそういう人間だと分かっていたし、その上で力になりたいと思っていて、どうしようもなくて、そしてこれでもいいと思えるほど強くもなかった。
 以上のエピソードによって、聖域を盲目に大切にする。この考えだけでは、救われなかった人間がいたことが描かれる。
 そしてしかししかもにもかかわらず、際限なく優しいはずの世界すらも、その人間を救わなかった。

・聖域を越えて
 私がこの文で使っている聖域というキーワードは、「つよきす」と「真剣で私に恋しなさい!」から引いている。
 どちらも聖域……仲間との侵され難いモラトリアム間の居場所のことが、重大なテーマとして扱われている。
 つよきすは聖域のかけがえのなさと、そこからの成長を基本的に描いていると読める。
 つよきすに関しては特に問題はない。
 真剣で私に恋しなさい! では、主人公の聖域に入れてもらえなかったために、悲惨な人生を送ることになった少女が黒幕の一味として登場する。
 そして物語の最後に主人公直江大和は、解決したその少女の一件を踏まえ、一歩引いた立ち位置で友人として接され接していた親しい男友達を、改めて聖域に勧誘する。
 描かれたテーマは明らかに、「世界とは残酷だ、ゆえに聖域を拡大せよ」というメッセージだ。
 聖域の外の話であり、つよきすのような聖域の中で全てがなあなあになる*2、お伽話の裏側だ。

 ……なあ、当たり前すぎやしないか。
 僕たちは数百万年以上そうやって生きてきたし、たとえば地球と一緒に生まれてきたような菌類でさえ、厳しい環境に対抗するため集まりコロニーを作るのに。
 もちろん、だからどちらが優れているんだなどと言うつもりはない。私はタカヒロと丸戸どちらかを殺さなければならない場面になったら、熟慮の後に丸戸を殺す。
 しかし、少なくともパルフェは、似たテーマとして比肩されうる真剣で私に恋しなさい! に対し、テーマ設計において一歩先を行っていると言える。
 物語の最後に、高村仁は、直江大和のように聖域を拡大する。
 救えなかった人間を見て、聖域を拡大することによって物語が終焉するのだ。
 そこには明確なメッセージ性がある。
 ただし、真逆。
 そこにあるメッセージは、ともすればサイバーパンク並に倫理観が崩壊している真剣で私に恋しなさい! の世界観で描かれるものとは真逆であり、だからこそどこまでも手厳しい。

 パルフェのメッセージはたったひとつだ。
 「世界は優しい、されど聖域を拡大せよ」。
 もっとも優しい世界観のエロゲーが紡ぐ、もっとも鋭利で残酷な言葉だ。
 里伽子抄? 知らない子ですね……

*1:このゲームの始まりは、主人公がかつて開いていた店を、新規開店するショップモールの管理人的立場の人間が、そこで開店する自分の贔屓する店の二号店の当て馬として、しかもそれを隠して誘致することから話が始まる

*2:崩壊した人もいたが