マイナー名作紹介・「こいびとどうしですることぜんぶ」

 貴方はヒロインが一人であるエロゲーと言われて何を思い浮かべるだろうか。
 私は「さかここ」(「さかしき人にみるこころ」)をまず思い浮かべる。
 誰かに嫌われることを由としない主人公「匂坂」が、ヒロイン「真柄亜利美」に嫌われているところから、嫌われている理由を掴み、恋仲になってハッピーエンド。
 イチャイチャ、かけあい、デート、二人の未来。
 そこには、控えめにいって、一人ヒロインゲーのすべてがあった。
 しかし、一つだけないものがあった。
 そこには終わりのないイチャイチャだけがなかった。

 付き合ってからのことを、こいびとどうしですることぜんぶほどまでに濃密に、エロゲー的に描いたエロゲーは他に無い。
 確かにさかここ内にもヒロインとのイチャイチャも用意されてはいるが(そしてそれをセールスポイントと、しっかりメーカー側も認識しているようだが)、あのシナリオは結局、付き合うまでの苦闘でしかない。申し訳程度のイチャイチャは、単に付き合えたことへのご褒美でしかないのだ。
 誰も、フルプライスで一人ヒロインな、主人公とそいつが延々イチャつき続けるエロゲーなんて思いつかなかった。

・このエロゲーには苦境がない
 こいびとどうしですることぜんぶに複雑な分岐はない。
 二つきりに分かれるAルートでは、イチャイチャしたのち教会でクラス全員に見守られ子供たちだけの結婚式を挙げる。
 Bルートでは基礎体温を測って子供を作る。それが物語だ。
 何をどうしようと愛しあい続ける二人の前には、複雑な分岐が存在する余地がないのだ。
 こいびとどうしですることぜんぶに苦闘はない。
 あるのはただ、繰り返されるイチャイチャだけ。
 障害が生じなくもないが、基本的に立ち上がってくる問題が、主人公とヒロインのすれ違いあるいは愛によって解決する問題に終始しているので、解決イコール惚気なのである。
 エロシーンは驚愕の三十三回。フルプライス抜きゲーとしては当然である。一人ヒロインであることを考えると少々疑問符がつく。純愛ゲーであることを考えると異常である。大体の純愛ゲーは一人頭一回で終わりなのに。そして、そのエロシーンはあくまでイチャイチャのおまけでしかないのだ。そしてイチャイチャそのものでもある。

・教会で結婚式を挙げるということ
 Aルートのラストで、遠藤とくーりんは結婚する。
 それは子供たちだけの結婚ではあったが、クラス全員からの祝福となれば、それは学生にとっては世界のすべての約半分ともいえる。
 なぜ、クラスメートのおふざけ半分結婚式に、クラス全員が参画したのだろうか?
 それも、学校の近所の教会なんかじゃないのだ。たとえば学校で挙げた結婚式にクラス全員出席。美談だ。ありそうに思える。
 遠く離れた温泉街で、二人が来るかも分からない場所にクラスほぼ全員が待機してのサプライズ。そんなことがありうるのか?
 一体この学校に何が起きているのだろう?

・遠藤洋介という怪物
 主人公遠藤洋介は、情熱的っぽい(典型的主人公的な)性格設定により巧妙に隠されているが、完璧超人である。
 スポーツが得意である上に(スポーツ万能、とはいかないようだが、全てにおいて平均を遥かに超えるレベルと描写されている)、学業では平凡だった彼が、綺麗で優秀な家庭教師を得たのちに東京大学後期合格を果たす。
 なにより、学校最高クラスの美人とセックス漬けだ。
 そして、人格的にも優れている。
 偶然に偶然が重なって、二人共に参加することになった二人三脚で勝利した際は、くーりんの手を取り、共に勝利を喜んだ。
 彼しか、全てにおいて優れていて、誰もが敬遠していたくーりんの、手を取るものはいなかったのだ。
 そのことを鑑みれば、遠藤はくーりんには役者不足だという批判を(作中では親友たちに冗談じみてよく言われているが)見ないことも納得がいく。
 それどころか、作中においてくーりんが「元」天上人として学校社会に溶けこんでいく過程は、全てが遠藤に与えられたものだ。

 遠藤洋介は怪物だ。このゲームに苦境が起こらない理由(=物語上の障害が愛で解決される問題に終始する理由)の根は彼の人外性による。
 そしてそういう怪物を用いてまで描かれたものは、愛は最後に勝つというメッセージであり、呪いである。
 何人かの人間は、このゲームをプレイすることで、その呪いを刻み込まれ、苦しみを感じ続ける人生を送るだろう。
 そのメッセージを本当に真とした場合、誰かを本当に愛しているのなら、その戦いに勝たなければならないからであり、負けてしまったら、本当には愛していなかったのだということになるからである。
 こいびとどうしですることぜんぶとは呪いである。
 しかし、御伽話とはそういうものだ。
 こいびとどうしですることぜんぶとは御伽話である。
 そして、エロゲーとはそういうものだ。

・オンリーヒロインにおけるヒロインの好みの違反について
 くーりんは運動能力抜群、頭脳明晰、容姿端麗の超人であり、きわめて欲情的である。
 また、感情表現や集団への参加積極性が欠けている点で、欠点もしっかりと用意されており隙がない。
 またその感情表現の控え目さは、逆に彼女の愛情表現の切なさ、強さを際立て、こいびとどうしですることぜんぶの全てを宝石のようにきらめかせる。
 こいびとどうしですることぜんぶに、くーりん以外の女は要らない。