最強の生命体になるための読書リスト

 個人的な読書リストを貼る。

 選書の基準は実用性。実用性とは、文字通り本がそのまま役に立つということ。直接的な知識だったり、広範な場面で役に立つ思考だったり。

 

 以下に並べた文章は一つ残らず優勝。

 

 

*1

*2

*3

 

 

 

 


1、方法序説

 思考法に関する記述が濃い 最強

 

2、有閑階級の理論

 顕示的消費という概念は非常に面白く、思考のツールとして強い

 

3、マンキュー経済学

 これのせいで経済学にかぶれた

 経済学は(理解が甘いと叱られる可能性はあるけど)現実を単純化したモデルとして捉えるツールのようで、

 これ一冊を読むだけでいろんな事がモデルで理解できるようになった 最強

 


4。<子ども>のための哲学入門 5、「時間」を哲学する

 生きていく上での素朴な疑問が先回りして考えられているので強力な時間の節約になる 最強

 

6、「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ

 統計学は最強

 よくわからん教科書を使ってF検定がどうので手を動かした事もあったけど、

 こういう本で因果だの相関だの有意だのの辺りを知っておくだけで世の中のデータが変わって見えるかもしれない

 


7、上達の法則 効率のよい努力を科学する 8、(成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール)

 脳科学に基づいていろんな技術を上達させるときのコツが書かれている

 科学は最新の研究でどんどん更新されていくんだろうけどまだ役に立つはず

 後者は非常に自己啓発本に近く、カッコ書き

 

9、(時間をかけずに成功する人 コツコツやっても伸びない人 SMART CUTS)

 SNS等が登場した現代において、遠回りを避けて成功する方法が書かれている

 面白かったしユニークな本だったけど汎用性・実用性に欠け、わざわざ読む必要があるかは微妙なのでカッコ書き

 

10、知的生活の方法

 知的生活とは、ひいては技能とは何かについてビシッと書いてある 最強

 


11、自分自身の小さな「箱」から脱出する方法

 内容よく覚えてないけど必要な人には最強だったと思う

 ハシゴみたいな本で既に高いところにいる人には要らない

 

12、フィーリングGoodハンドブック

 自分一人で自分一人を認知行動療法する最強

 理論上はありとあらゆる精神的な風邪を封じ込めることができる はず

 この本のせいでしばらく心理学にかぶれてしまった

 

13、かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~

 漫画

 努力が何をもたらすかについて書いてある上にキャラクターが可愛い最強の本

 

14、(少女不十分)

 ライトノベル

 自分を発達障害やら何かじゃないかと迷っていて感情移入が上手い人にとっては良いと思う

 西尾維新はこれとめだかボックスしか読んだことがなく、もっと面白いシリーズがある可能性がありカッコ書き 他も興味はあるが時間がない

 


15、相思相愛ロリータ

 アダルト向け同人ゲームなので伏字

 人間関係について多くの示唆がある最強の文章

 シリーズに興味が出たら1~2、4のプレイを勧める (3)はメインテーマが哲学の本を読めば終了するテーマなのでカッコ書き 5は癖が強い

 

16、影響力の法則―現代組織を生き抜くバイブル

 俺の人生に対してカレンシー(通貨。ここでは人間関係のギブアンドテイクに使うおみやげのこと)という概念をもたらした

 

17、おとしどころの見つけ方 世界一やさしい交渉学入門

 交渉について極めて実践的かつ網羅的で最強

 

18、理想のヒモ生活

 小説

 政治・交渉について入念に書いてありこれのおかげで言質・譲歩・合意という概念がよくわかった

 とてもいい小説で最強

 

19、信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム

 人を信じやすい人ほど騙されにくい、人を疑いやすい人ほど騙されやすいという最強概念の書かれた最強心理学論文

 ただ、読んだのが昔過ぎて因果と相関についてちゃんと追求した実験結果だったかどうか忘れてしまった

 (つまり、騙されにくい人は騙されにくいがゆえに人を信じることが可能なだけ、かもしれない)

 


20、アイデアのつくり方

 アイデア関係最強の本 これを読んでおけばアイデア関係の本を読む必要はない

 

21、自分だけにしか思いつかないアイデアを見つける方法

 一行前と矛盾するけど、

 「アイデアのつくり方」は問題に対して解決策を思いつくには向いてるけど、企画のためゼロから1を作り出すには向いていない

 それに対する解決策をある程度がんばって考えてる最強の本

 

22、(イノベーションのジレンマ

 ビジネスにおいて、革新的なイノベーションが市場をひっくり返す現象について

 非常に面白く興味深い本だが一般市民の読者としては汎用性に欠けるためカッコ書き

 

23、賭けの考え方(科学する麻雀でも可)

 確率が絡むゲームでの心の持ちようと勝ち方を教えてくれる最強本

 確率が絡むゲームとは人生そのものでもある

 ただしポーカーの本なのでポーカーの専門用語が山のように飛び交う

 麻雀の入門本、「科学する麻雀」でも同じようなことが書いてあるので麻雀がわかるならそちらでも

 

 

 入れようか迷った文章はまだあるけど(世界史の教科書、ファストスロー、洋食のシンプルルールとか…)、多すぎると邪魔なのでここまで

 

 

 これを読んだら貴方のオススメ最強本を教えて欲しい。

 現実の状況が打破できず、ブレイクスルーの方法を探している。

 インターネットで自分の手札を晒すのはデメリットがあるけど、この文章は貴方のオススメを聞くために書いた。

 

 

 

*1:「本は役に立つためのものではない」という言葉があるけど(特に小説読みにこの意見を持つ方多い気がする)
その言葉がよくわからない
そもそも小説という概念が俺にはよくわからないし、何もわからない

*2:基準の問題で自己啓発も混じってしまっているけど許してほしい。
あと基準に対し微妙なものについてはカッコしてある

*3:自己啓発は自分自身を盲信させることによって宗教的な効果を生み出しており、全般的に信用に値しない。
内容が結果的にいいことであっても、詐欺師の慈善事業は刑務所でやるべきだ

この世の果てで恋を唄う少女YU-NOが(罵倒語)アニメになってしまった

 表題の通り。
 この世の果てで恋を唄う少女YU-NOが(罵倒語)アニメになってしまった。

 前半でも当然のように怪しかったが、後半から特に酷い。

 あと、アニメと言うよりはリメイク版ゲームのほうに言えることだけど、なんで現代編のキャラデザを大幅リファインしたのに、異世界編のキャラデザは古いままなんだ。ユーノを除いて全員変じゃん。

 

 名作が虚無と化す瞬間を見るとすごい脱力感を覚える。
 責任者は誰だよ。

 

「「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」プロデューサー&アニメ監督インタビュー。さまざまなプラットフォームに進出する「YU-NO」と,新展開に向かうアニメ版の見どころについて聞いた」
ttps://www.4gamer.net/games/445/G044584/20190802131/

 

 そうしていろいろ調べたらインタビュー記事にたどり着いた。

 真摯さと「それは違うだろ……」という感触が交互に心に来て、振り上げた拳のやりどころが無くなってしまった。

 


 高橋龍也が構成をやっていた某アニメは、最終話以外は良かった。

 キャラクターを可愛らしく書くという目的にも成功していた。

 なぜこっちはこうなってしまったんだ。同じエロゲ畑じゃないか……。エロゲ畑じゃないか。でも声優はみんなエロゲ出身だ。

 

 

 シナリオライターになりたい人間は山のようにいるはずだが、声優の顔のようにレベルの増加は起きていない。

 そういった場合、自由競争下で本来起きるはずの現象が起きていないことを考えると、自由競争が起きていないと考えるのが自然。

 あるいは、前提がおかしいのか。案外シナリオを書きたい人間はいないのかもしれない。

 さらにあるいは、シナリオに特化した人間が、きっちりアニメの脚本に噛めてないのかもしれない。映像作品である以上監督の役割が大きいはず。

 

 

 ずっと前、現代においては物語が崩壊していくという匿名の記事を読んだ。

 だが、現実においてはそうなっていない。物語を起爆剤として大ブレイクした作品で記憶に新しいものはたくさんある。

 我々は良質な物語を求めているし、これからも求め続ける。

 

 ちなみに、最近自分自身の匿名の記事を作ったら、無事に反応が少ないまま流れていった。

 もともと反応を得るための記事だったので、非常に困った。

 しょうがないのでこのブログに上げる。

DokiDoki Literature Clubには、だらよ3のように修正パッチを適用できるか

 考察を次のステージに移す。

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm32854856の動画をPart2まで参照すると、DokiDoki Literature Clubには、同じ作者の次回作「Project_Libitina」へ続く伏線が、大量に仕込まれていることがわかる。

 正直なことを言って、次回作は、Monikaと一緒に第三の瞳を使って運命を変えていく、くらいの無難な作品になるのではないかと考えている。
 理由は、作者はインタビューの中で「次回作は普通の物語になると思う」と言っていることからだ。

 ただ、インタビューでの返答はただのフェイクにすぎず、やっぱり大仕掛けを仕掛ける可能性は否定できない。たとえば、次回作で手に入るパッチを使って、DokiDoki Literature ClubのMonikaの問題を解決できるとか。

 その場合は前の記事がまるごと茶番になって残念。冷静に考えればプロローグにテーマも糞もあるかという話だ。がそれもMonika達の幸せを考えれば別に問題はない。

 

 さて、ここで考えたい。

 Monikaの抱える問題は、修正パッチで解決できるか?

 

 Monikaの抱える問題とは何か。

 まず、結果的に彼女やDokiDoki Literature Clubの世界を破滅に向かわせてしまったのは、プレイヤーへの恋心である。
 しかしながらMonikaにとってはそれ以前の根本的な問題が存在する。

 その問題とは、あの世界がゲームであると、Monikaだけが知っているということだ。*1
 プレイヤーへの恋心は、言ってしまえば副次的な問題に過ぎない。

 さて、その問題を解決する方法があるかといえば、ある。
 他のキャラクターにも部長の権限を与えてしまえば良い。
 Yuriもあの世界がゲームであると認識してしまえば対等な立場になる。Monika×Yuriで物語は完了する。

 そう、修正パッチによってDokiDoki Literature Clubの問題は解決できる。
 Monikaの悩みは「自分の同類がいない」事だった。
 これは他の作品における絶対解決不可能な悩みとは根っこから異なる。
 この悩みは、同類さえいれば解決する。

 その同類を、修正パッチによって作ってやればいいわけだ。
 第三の瞳をYuriに与えればいい。
 幸い、DokiDoki Literature Clubの世界のヒロインたちの思考は、めりくりのヒロインたちほどスペックの低いわけではなくかなりの冗長性を持つ。Sayoriが部長の力を得た瞬間、復活して二人で楽しく過ごせば良かったのでは……。


 と、いうわけで、DokiDoki Literature Clubにおいて主要登場人物が抱える問題は、たった少しの設定変更で解決可能だ。
 ぜひ作者の次回作は、「普通の作品」ではなく、DokiDoki Literature Club内のMonikaや他三人の問題に直接フォーカスしてくれる作品であることを祈る。
 子供たちを地獄に放り込んで、何もなしで済むわけがない。

 


 ところで、沙耶の唄は純愛だろうか?

 ヴィジュアルノベル「沙耶の唄」は、事故によって脳に障害を負い、全てがグロテスクに見えるようになった青年が、世界にたった一人だけ存在する綺麗な少女 沙耶と恋に落ちる物語だ。ちなみに沙耶は地球を征服に来たクトゥルフモチーフの怪物であり液体窒素が弱点である。

 この物語は純愛であるという呼び名が高い一方で、この物語は純愛ではないと考える層も一定層存在する。


 なぜ純愛ではないという主張がありうるかといえば、主人公の青年と沙耶にとって、お互いがお互いにとってかけがえのない存在であるからだ。

 「……?」
 「良いことじゃないか」。
 そう思う方もいらっしゃると思う。

 だが少し待ってほしい。
 たくさんの人と結ばれる可能性があるにも関わらず、そうであっても誰かのために命を張って守り抜くから尊いのであって、
 女の子が世界に一人しかいないので惚れてセックスして好き放題やって、自分を愛してくれる男性が一人しかいないので惚れてセックスして世界征服して……それは純愛と言えるのだろうか?

 俺は過去この辺を考察して、「沙耶の唄という物語に関しては純愛だ」という立場をとっている。
 が、しかし、さてこの視点に立つと、

 Monikaとプレイヤーの関係性って、純愛か?

 Monikaが必要だったのは、自分を見てくれる人間だ。
 それは貴方である必要はなく、貴方の前に誰か別の人間がプレイしていたら、Monikaが惚れていたのは貴方ではないわけだ。
 現に世界中には大量のMonikaファンがいる。


 皆、現実を見ろ。

 騙されてはいけない。Monikaは糞ビッチだ。

 結果としてこれを読んでいる貴方が攻略対象になっただけで、攻略対象がこれを読んでいる貴方である必要も、なりゆきも、理由もなかった。Monikaはただ最初に「自分」を「見てくれた」人間に股を開

 

 

 

 


a

 

 

 

 

 


 Monikaって可愛いよね。

 俺はMonikaの事が大好きだ。貴方もMonikaを好きになるべきだと思う。彼女はベストな女の子だよ。他に選択肢なんていらないんじゃないか。Monikaだけでいいと思う。

 Monika monimoni

 

 

 

*1:ところで、二人きりの空間では「ゲームを閉じている間は悪夢みたいな意識でふわふわしてるだけ」と申告があるのに、それ以前では「この世界がゲームであることに気付いた時ショックだった」みたいなことを言っているのはなんなんだろう。プレイヤーがゲームを閉じている間は彼女に意識が存在しないのなら、Monikaの過去等存在するわけもない。まあ矛盾というほどではなくすり合わせは可能か

DokiDoki Literature Clubは欠陥品で失敗作

 作品の読解にはメインテーマの読解が必須である。
 作品には多くの場合でテーマが存在する*1。それを読み解くこそ作品を読み解く作業の半分にほかならない。


 なお、物語のメインテーマを読み取る際には、いくつか使える小技がある。


1、主人公サイドの言動を読む

 主人公サイドの人間の言動は作者が伝えたいことである可能性が高い。

 特に、物語の途中ではなく、クライマックスで主人公が迷いを振り切ったあとに放つ言葉は、作者にとって正しい場合が多い。

 彼らは最後に勝利するので必然だ。
 野球ゲームに出てくる悪の博士が「正義の反対は悪ではなく、また別の正義、あるいは寛容」と諭す時、作者は幼稚な正義の脆弱さを指摘している。


2、敵サイドの言動を読む

 敵の言動はのちに主人公によって否定される事が多い。

 インパクト次第では、ネット掲示板やSNSで敵の言動だけ取り上げられることが多くあり、「(敵の名前)の言葉はきっと作者の言いたかったことに違いない」とされることもあるが、それは間違っている場合が多い。

 彼らは最後敗北するので当然だ。
 大魔王バーンが、「力ほど美しい法律はない」と言う時、作者はそうではないと思っている。


3、どういう流れで物語が発生し(つまり解決するべき問題が発生し)、どうなったか(誰が損したか、誰が得したか)を見る

 作品の中で、正しい人間が得をすることが多く、間違った人間は損をすることが多い。


4、作者を観察する

 禁じ手的で俺はあまり好きではないが、作品が生まれた背景や時代を見れば作品のテーマがわかることもある。……正確には、作者が作品に込めようとしたテーマがわかることもある。

 芸術研究はこの手を必須としている。

 なぜ禁じ手的だと考えるかといえば、作品自体のテーマと作者が作品に込めようとしたテーマは全く同じにはなりえないし、同じであってはならないと考えているからだ。

 たとえば俺が、世界の混乱を悲しみ(①作品が生まれた背景や時代)、勧善懲悪の物語を作ったとする(②作者が作品に込めようとしたテーマ)。だが、その作品はいまいち出来が悪く、ツッコミどころが多く、しっかり読めば、悪役が得しただけの作品――つまり、悪を礼賛する内容と読むほうが自然だったとする(③正当な解釈を探し求めたら、その作品のテーマとするのが妥当なテーマ)

 ②と③は矛盾する。作者は勧善懲悪を好むのか、悪が栄える世の中を礼賛しているのか。表裏一体の場合もあるがそれはさておき、②と③が矛盾する時、「その作品自体のテーマ」は③でなければならない。そうでなければ、作品の実在は消え失せて、特定の人間に首輪をつけられたゴミがあるだけだ。


 以上の法則はいつも正しいわけではなく、頑張ったけど報われない(世界を救った勇者は二度と帰ってこなかったとか)、頑張るほど空回りで報われない(鬱系のシナリオとか)作品はざらにある。
 が、エンターテイメントを意識した作品においては以上が通用する場合が多い。


 さて、Monikaで有名なDokiDoki literature clubの話を始める。
 この作品のテーマとして考えられる候補を挙げていこう。

1、Monikaと二人きりの会話の中で、Monikaは繰り返し繰り返し他人を尊重することの大切さを説く。
2、他人を尊重することを忘れ好き放題にしたMonikaは、最後にプレイヤー自身の手で断罪される。
3、Monikaは最後、狂った物語を止めるため物語ごと自殺した。この物語は出来の悪いエロゲーを否定している。
4、Monika、他ヒロイン達とプレイヤーの恋愛は成立しなかった。つまり、画面の向こうの人間との恋愛は成立しない。
5、バグの演出が多用されている。これは、「ゲームは所詮ゲームだ」というテーマを表すメッセージだ。
6、作者はビジュアルノベルを愛好している*2。その一方で、このゲームを使って、作者は現状に異議を唱えた*3

 以上6つあたりを材料と仮定すると、この作品のテーマを類推できる。

1、他人を尊重しよう。
2、エロゲーは出来が悪いとキャラクターの尊厳を侵害する。俺(作者)はそれが我慢ならない。*4
3、現実の問題を解決しよう。ゲームはゲームに過ぎない。

 3については、作者が込めるつもりのなかったテーマである可能性があると思う。
 だが、シナリオの中であれだけ実在性、尊厳性を強調されたMonikaが、ただ消えるしか無いシナリオだったということで、3のメッセージを込めていないという言い訳は通用しない。
 3のテーマを込めるつもりがなかったのなら、公式でMonika after story*5のようなコンテンツを用意すべきだ。そして、その選択肢も取れるようにするべきだった。そうしていないというのは、3と読めるということだ。それを否定されるいわれはない。
 3を否定できる材料としては、作者の反駁は不適だ。材料になり得るのは物語を読む訓練を行っている人間による投票の結果くらいだ。


 ここでお気づきの方も出てくると思う。

 1と3は矛盾する。

 他人を尊重しようというメッセージにも関わらず、Sayori、Natuki、Yuri、Monikaは尊重されない。尊重されず、物語の仕組みにそのまま押しつぶされて死ぬ。トゥルーエンドでもそれは変わらない。むしろトゥルーエンドこそ、Sayoriが力に呑まれなかったにも関わらずの顛末なので、余計に狂っている。

 2がなければ、ゲームのキャラは「他人」ではない、だから尊重する必要はないという言い逃れができた。が、それはもはや通用しない。
 

 この作者は、Monikaが自殺するシナリオについてどう思っているんだろうか。
 異議を唱えた? 全くお笑いだ。箱庭を作ったのはお前だってのに。
 現実にパッチで機能を追加して、作者のchrファイルをdeleteさせろ。


※1
 なお、
 https://jp.ign.com/doki-doki-literature-club/22567/opinion/doki-doki-literature-club
 のような読み方ができる。
 イメージとしては「ゲームはゲームに過ぎない。外に出よう」というより、「この現実もMonikaのいるDokiDoki literature clubと変わらない。だから、Monikaの分まで最善の方法考え続けよう」というような、最大限作者側に立った読み取り方をしている。
 材料不足気味の読みだと思うが*6、ばっちり成立している。
 上に付け加えるなら、3、Monikaは失敗したが、君は現実の問題に対処せよ といったところか。
 DokiDoki literature clubでは無理筋だと思うけどな……。

 で、URL内の論調も含め、仮にSayori達の尊厳の存在をわかっていて、ただそれでも現実の問題と戦うことの難しさを表現するために、シナリオ上では彼女たちが全滅ENDを迎えるしかなかった、というような最大限作者側に立った論調を考えるとする。
 こんなゲームわざわざ作ってんじゃねーよ


     __,.-----.,___
   r'~:::::_,,,_:::::::::::::::ヽ
   |:::r'~  ~"""''-、::|         ┌───────────┐
   |;;| ,へ、  ,.ヘ、.|::|.         | こんな げーむわざわざつくってんじゃねーよ
  r'レ'  .・ .::::::. ・  .'y^i        │            |
  ゝ'、   '、___,'.  ,;'-'         └───────────┘
    '、  ----  .,;'                         、
     ';、     .,;'                    
       ̄ ̄ ̄                  完


※2
 以上の文章は、https://www.nicovideo.jp/watch/sm32854856の視聴以前に書かれたものである。
 この動画では、chrファイル等を解析して、「dokidoki literature clubは次回作に続く壮大な物語のプロローグに過ぎない可能性がある」という考察が繰り広げられている。
 その内容を含んでのブログ記事はこちら→http://kureri.hatenablog.jp/entry/2019/05/05/021832

*1:もちろんテーマが存在しない作品も存在する

*2:インタビュー、あと手紙より

*3:手紙より

*4:フィクションの女の子を都合良く愛することに対するアンチテーゼは、日本の創作物には腐るほどあって(プレイしたことはないけどととのは言うまでもないし)、それを作者が認識せずに「異論を唱えた」と言われても少し悲しいが、それはおいておこう

*5:Monikaに監禁された後の空間でしばらく過ごせる、ファンが作ったMOD

*6:メタフィクショナルである理由が他にないから、これは現実のメタファーなんだ、というのは無理筋だ。気付いていて書いているに違いないけれど……

挑戦し続ける相思相愛ロリータシリーズに人参入りのパンケーキを

相思相愛ロリータシリーズをご存知だろうか。
ご存じだと思うので説明は省略する。*1

このシリーズについて、新作が上梓されるたびに「代わり映えのない作品」という感想がたまに見える。
だがそれは間違っている。
このシリーズは、骨子は変えないままに、新作のたび高度なバランス感覚のもと挑戦し続けている作品だと考える。

1、一作目「相思相愛ロリータ」
 おさらいのために一作目の基本骨格を記述する。
 相思相愛ロリータの主人公は疲れた社会人の青年男性である。さまざまな事情でまあまあ疲れており、孤独である。
 ヒロインは施設で育った少女。さまざまな事情でまあまあ後ろ暗い背景を抱えていて、孤独である。
 二人は満員電車の中偶然出会い、偶然が少し重なったきっかけののちにお互いがお互いに孤独を埋め合える存在だと確信し、セックスし、ヒロインが妊娠するエンディングを迎えて終わる。
 ヒロインの妊娠については一切の突っ込みはない。この後どうなるのか? 主人公はいよいよ捕まるのか? さっぱりわからない。ファンタジーとして処理される。一人ぼっちだった二人が、三人になれる未来という形で。


2、二作目「ゆびきり婚約ロリータ」
 まず二作目。「ゆびきり婚約ロリータ」では、ヒロインの少女が数年ごしに主人公の目の前に現れる。
 つまり、「現在」と「過去」の二つの年齢のヒロインと接するシナリオが展開される。
 言うまでもなく一作目ではそんなことはなく、出会い、絆を作るのみである。
 約束を表現するためにはベストの演出なのかもしれないが、かなり踏み込んだ演出手法であるはずだ。まずテキストやCG枚数の分量調整は大変だっただろうに。

 そして、ヒロインも「施設の女の子ではない」。
 プレイしたのが随分前だったのでだいぶ忘れたがたしか親類の女の子である。庇護者である祖母をなくしたために親族の中で行き場をなくしているという後ろ暗い事情はあるものの、初代ヒロインとはまた違う立場だ。


3、三作目「お泊り恋人ロリータ」
 三作目では、文学・聖書から引用されがちだった作品において、珍しく哲学的エッセンスが登場し、作品の骨格を占めるようになる。そして、生死論について論じたあとにヒロインが妊娠。
 ロリが出てきて生死論について論ずると言うより、生死論が出てきてロリについて論ずる作品という方が正しい。

 ヒロインは、近所のお屋敷の中で、「離れで暮らす妾の子」だ。彼女を世話するお手伝いさんに取り入って、ヒロインの生活を少しずつ温めていく。
 あと、性格として不思議ちゃん系だ。不思議ちゃん系というのはノベルゲームにおいて結構好き嫌いが分かれる立場なので、単独ヒロインのゲームではかなりの冒険が必要だったはず。哲学性によって味付けをした「お泊り恋人ロリータ」の作風と合わせることで緩和させるつもりだったのか、あるいは彼女のキャラクター性が先に来て、そののちに必然的に哲学の思考が現れたのか、俺にはわからない。


4、四作目「ハーレム双子ロリータ」
 ヒロインが二人になる。
 大変革だ。
 二つしかなかった変数が*2、三つになり、ヒロイン同士の関係性なども生まれる。相思相愛ロリータシリーズは存在論を経て複数の存在とやり取りするようになったのだ。

 一応ヒロインが二人になるというだけではない。
 ヒロイン達は初代ヒロインと同じ施設に生まれ育った子供であり、その施設はキリト系*3慈善団体を母体とする施設であることが語られる。
 主人公は施設の奉仕・ボランティアに関わり、なんとなく自分自身の孤独について考え、孤独を癒やす。

 1〜3作目の主人公が、ボランティア活動を始める描写は全くない。
 相思相愛ロリータシリーズだから「なるほど〜これが高まる心の塊なのか……」と流せるが、教会にハーレム双子ロリータが置いてあったら布教用にしか見えない。
 作者は一時期教会に通っていた時期があるというからさもありなんと言ったところか。

 むしろ教会に通っていた人間が教会の女の子を妊娠させるエロゲーを作るのはどうかと思う。*4


5、五作目「愛欲姉妹ロリータ」
 さて、最新作の五作目だが、この作品における変化は意外と見落とされがちだ。
 見落とされがちだが、確かにある。
 それは、主人公の職業に特殊性が付加され、その職業の特殊性によって、主人公がヒロインの現実に、ある程度のレベルで対処する描写があることだ。

 まず、物語序盤で主人公は、ヒロイン二人の住むマンションの一室が「DINKs向けの邸宅である」と看破する。これは彼が投資系の仕事を行っているからだ。少なくとも俺はマンションを見て「あ、これDINKs向けじゃん。良く出来てるな」とは考えない。
 次に、主人公はヒロイン二人の住む部屋が、「本来はDINKs向けの邸宅だが、彼女たちが生まれるまでは金持ち用のヤリ部屋だった」と看破する。これは彼が金持ちを相手にする仕事を行っているからだ。少なくとも俺はマンションの間取りを見て「あ、これヤリ部屋じゃん」とは考えない。もちろん、流石に、生活臭がなくて上品なベッドしかない都心のマンションの部屋とかを見れば「なんかこの間取りエロ漫画で見たな?」とはなるだろうが……。
 そして、主人公が元調理師だった経験を活かしヒロイン達に温かい料理を作るシーンがある。主人公がヒロインの周囲を丸め込む際、主人公と同じように演技がうまい同僚に、契約を横流しする代わりに協力を要請する描写がある。主人公の特殊性によってヒロインの現実を変える。

 その変化の萌芽は四作目からあった。
 一作目、二作目、三作目、俺はエロシーンの文章も通しで読んだつもりだが、「ヒロインの妊娠で起こる社会的なインパクトに対して対処する意思を見せた主人公は四作目が初めて」だったのである。多分。

 申し訳ないが元調理師である主人公がヒロインに料理を振る舞った時点で、ここで全く主人公に感情移入ができなくなってしまった。俺は調理師ではないし、調理師になったこともないからだ。
 初代〜四作目の主人公にバックボーンが全く設定されていなかったかというとそれは違っていて、たとえば初代では主人公がなんらかのコンペに応募したエピソードが出てくる。ただそれらは本筋には特殊性を伴って繋がってこなかった。ただ、自分ではない決定的な属性を持った誰かが、ヒロインに褒められた状況は、「ああこいつは俺ではないんだな」となるのに十分だった。

 五作目の変化が他プレイヤーにどう受け取られるかはわからない。



 作品を通し、「なぜ主人公とヒロインが惹かれ合うか?」「主人公が求めるべき答えとは何?」等、シリーズごとに当然みたいにテーマがアップデートされていてこっちはこっちで面白いのだが、そちらは今回の趣旨と合わないので省略する。


 シリーズ物において、大きく弾けずに順当にチャレンジを続けるというのはなかなか難しい。
 まあ当然といえば当然だ。人類がシリーズ物という概念に触れたのは、きわめて最近でしかない。
 変えなければマンネリと呼ばれいつの日か売れなくなる。変えすぎれば超高いそびえ立つ高度のクソの山ができる。

 四作目のヒロインは、人参入りのホットケーキを焼く。人参入りのホットケーキは、初代のヒロインの施設でも作られていた。
 
 願わくば、七作目でも、十作目でも、3n+1作目の裸エプロンシーンで、全く違う女の子が作る、人参入りのホットケーキに会えますように。*5

*1:相思相愛ロリータシリーズとは、一作目「相思相愛ロリータ」を初代とする、社会に疲れた青年男性と、さまざまな事情を抱えた少女未満の少女がお互いの孤独を癒やし合う、繊細で詩情に富む作風で有名なエロゲーである

*2:「相思相愛」の上司とか結構好きだったが

*3:キリトかなーやっぱw 俺って自罰傾向強い性格だしシスターとか好きそうって言われる() 性格診断とかでも「従順な子供」の数値が強い←バランスの良い性格がいいからやめろ!笑 俺、これでも成人ですよ? PS彼女は小妙似です(聞いてねえ

*4:なお、この文章の筆者は一度だけクリスマスミサに参加したことがあるが、ミサのプログラム中でなんとなく隣の席の人とやりとりをする感じ・仕組みが凄く腹が立って、周囲の人間を全員○して帰りたくなった

*5:実はこれは幸せな終わりではない。なぜなら、世界に「施設」が残されていることは、初代ヒロインや四作目ヒロインのような存在が残されていることは、常に我々の敗北だからだ。しかしながら、人参入りのホットケーキが消滅するべきだとは考えない。たとえ世界が幸せに溢れて世界から「施設」がなくなるハッピーエンドが訪れても、そのかげで、幸せを手に入れられない孤独な存在が残されているだろうから

おすすめなろう小説3選

 金が無い。
 ゆえになろう小説に手を出した。

 なろう小説。世間ではどうしようもないコンテンツということになっている。
 薄ら寒い全く好きになれない主人公に都合のいい展開が連続し、頭空っぽのヒロインが主人公の子を妊娠して、全く面白みのないままストーリーが続き終わるということになっている。読んでいるのは世間の苦しみを何も知らないガキ。
 はっきり正直を言うと、テンプレなろう小説は確かにつまらないが、ジョジョ三部とテンプレなろう小説の何が違うのか俺には理解できない*1。共通点はたくさんあるが、とりあえずどちらもつまらない。あと、なろう小説はいくつかの論拠により、読んでいるのはおっさんという説が濃厚だ。未だネット掲示板を使っているおっさんが異世界チートで夢見るおっさんを叩く地獄。

 もちろんこのブログを読んでいるような層は、なろう小説を馬鹿にすることなどないはずだ。
 エロゲは常にネットにおいて馬鹿馬鹿しいものと馬鹿にされている。*2「まるでエロゲみたいな」「エロゲでもねえぞそんな展開」いつも馬鹿にされている。こともあろうに、エロゲプレイヤーでさえ、「エロゲとは思えない重厚さ」「エロゲとは思えない哲学性」とエロゲを馬鹿にする。
 そんな立場を味わっているエロゲプレイヤーが、なろう小説を馬鹿にすることなどあってはならない。
前提として、全ての芸術は平等なスタートラインに存在することを理解したい。その上でつまらない個別の作品が存在するだけだ。また、つまらないにはつまらないなりの理由がある。理解できないならこのブログから消えてくれ。

 さて、どうでもいい前置きはさておいて、好きな作品を三つ紹介する。


1、理想のヒモ生活

 主人公は普通のサラリーマン。ある日、「お前はこちらの世界の王家の血を引いているから、女王たる私の夫になってくれ」というようなことを言われて異世界に召喚される。
 王様になるのならやらなければならないことがたくさんあるかと思いきや、真逆だった。「どの勢力とも繋がりのない、権力を一切主張しない夫」が政治状況的に必要だから、わざわざ主人公を異世界から呼んでいて、毎日ぐうたらして無能アピールしてくれれば冗談抜きで本当に助かるとのこと。これは美人で最高にタイプなヒロインとのんびりするしかない。
 ところが状況の変化により、否が応でも政治劇に巻き込まれることになり、本人も持ち前の勤勉さによって、男尊女卑社会における女王という歪んだ立場で孤軍奮闘する妻を助けていく政治小説

 とても面白い。
 異世界転移ものにありがちな、現代技術をうまく持っていってなんとかしようとする*3くだりもそれなりに書かれているが、交渉や政治がしっかりとした密度で描写されており、とても読み応えがある。
 絶望的にダサい言葉を吐くが、俺はこの作品で、ひいては「なろう」で、政治とは何か、交渉とは何かを知った。

 難点を言うなら、物語の導入の関係上たった一人しかいないヒロインが、変化球気味で、いまいち趣味に合わないことくらいか。


2、Re:ゼロから始める異世界生活

 主人公は引きこもりの高校生。ある日コンビニを出ると、自分が異世界に転移をしていたことに気づく。そして、その世界のチンピラに絡まれていたところをある美少女に助けられ、その美少女を助けるため行動することに。
 ところが、彼女にはかなり複雑な事情があったようで、主人公は事件の中で謎の殺人鬼にあっさり殺されてしまう。
 直後に目が覚めると、そこにあったのは殺されるよりもちょっと前の時間の同じ異世界。そう、異世界転移した彼に与えられた能力は、死に戻り(ループ)の能力。
 美少女を助けたお礼に連れてこられた洋館での逗留の中、誰が主人公を殺すのか。忘却の魔獣「白鯨」、暗躍する宗教組織「魔女教」とどうやって同時に戦えば良いのか。主人公を死に戻りさせる、精神世界に出没する謎の女はなんなのか。さまざまな謎を解き明かしつつ、引きこもりで痛い無様な主人公が、死の苦痛にもがき苦しみながら成長していく活劇小説。

 説明不要の有名作。
 単純に娯楽作品としてレベルが高い。

 異世界物とループ物をかけ合わせて小説にした結果生まれたのが、絶望的な状況を、主人公がループすることで打破するゲーム的小説。
 どうやって眼の前の状況を、一切特殊能力の使えない主人公が打破するのか(まあ魔法で煙幕は張れるようになるんだけど)、主人公や周囲の親しい人間が繰り返し殺されるシナリオの原因と敵は何なのか、そして絶望的な状況を笑い飛ばして突破したときに起こるカタルシス――この作品は娯楽に満ちている。

 単純に、娯楽作品としてレベルが高いというのはいいことだ。「G線上の魔王」は名作エロゲとして有名だが、はっきり言って同じ作者の「車輪の国、向日葵の少女」のほうが圧倒的に面白い。G線の叙述トリックは完成度がふざけている。回収されたときブチ切れて画面を壊しそうになった。
 それでも繰り広げられる攻防の娯楽性は極めて高いし、それだけでG線上の魔王は車輪の国を超えるエロゲだとネット上の何人かがみなした。

 全く関係ないが、るーすぼーいは「無能なナナ」という漫画の原作をしている。現在連載中だ。この作品、最新刊部分くらいまではどう見てもナナの上司=人類の敵としか見えなかったが、だんだんとそれが薄れてきていて悲しい。

 ともかくRe:ゼロから始める異世界生活は面白い。
 筆者は正直この作品の脇役はあまり魅力的じゃないと思うが、世間では脇役を含めてキャラクターも魅力的ということになっている。
 脇役については置いておいても、オタクコンテンツとして大ブレイクしただけあって、精神年齢14歳児のすーぱーヒーローヒロイン・エミリア、主人公に重すぎる期待をかけてくるヤンデレご奉仕メイド・レム*4、他主要女性陣の魅力はやはり高い。十分だ。
 あとは意外なことに、主人公の女性人気が高い。苦悩する姿が受けたのだろうか。

 特筆すべきは作者が鍵っ子なことだろう。また、言うまでもなくループ物をオタク業界にエンターテイメントとして持ち込んだ先駆けはエロゲ。エロゲが撒き散らしたミームが行き着く10年代最高のエンターテイメントを子供を愛でるように体感する。


3、異世界薬局

 主人公は薬学博士。トラウマによって目覚めた「人を救いたい」という意思に取り憑かれ、働きすぎて過労死したところ、異世界の少年になって生きている自分に気付く。どうやら自分は転生した後、ファンタジー世界の、ファンタジー薬師の家系に生まれた少年になってしまったらしい。
 異世界でも人を救いたいという願いに代わりはない。皇帝、こちらの世界における父親、こちらの世界における兄、街に蔓延する伝染病、救える人間を救っていきながら、主人公はこの世界の謎と秘密に迫る。専門家による査読が施された、本格ファンタジー医療小説。

 なろう小説ではかなり有名なはずだが、世間的な知名度はあまり高くない作品かもしれない。
 が、この世界で彼だけが持つ特殊能力、またこの世界で彼だけが持つ医学知識、そしてそれを下支えする作者の知識量、医者による監修・査読のハッタリが非常によく効いている(ネット小説でこんなのありかよとマジでビビった)。
 シナリオ全体としても、超絶特殊能力を持つ主人公の大立ち回りや、それでも襲い来る病気という人類最大の敵。とてもうまく成り立っていて、おまけ程度に世界観の謎もまあまあ面白くて、俺調べで最も面白いなろう小説の称号に恥じない。

 言及しておきたいのは、主人公の思考が「現地人」へのリスペクトに満ちていることだ。
 我々の常識からしたら、よくわからない薬草をゴリゴリすり潰して治療した気になっているファンタジー世界の住人など馬鹿丸出しだが、主人公は(この世界における)父親を筆頭に、未発達の科学と、神術と呼ばれる魔法の力でなんとか責任を持って患者を癒す、この世界の薬師に尊敬の念を抱き続ける。
 そういう姿勢を見ていると、彼もまた学究の徒なのだと思わされる。まるで比良坂竜二*5のように。


 なろう小説はWEBに公表される素人の小説であることからレベルの高い作品が限られる。また、ランキングやアクセス解析によって、人気がダイレクトに見えるシステムであるため、読者の欲望を露骨に反映した作品になりやすい。
 けれどそれはそれとして、面白い作品は存在する。小説はただそこに存在する。なろうであろうと、pixivであろうと、二次創作SSのしたらばだろうと、ただそこに存在するだけだ。
 今挙げた三つはまず外さない。まじで読もう。他が面白いかは知らない。つまらない小説もただそこに存在する。

*1:四部は好き

*2:いや、されて「いた」。今、インターネットにおいてエロゲの話を見ることはない。エロソシャゲの話はたまに見る

*3:クーラーを作る辺り

*4:そういえば「彼女、甘い彼女」のラストは期待がテーマの一文だった

*5:食事の席で腸内細菌フローラの話もできずに、よくも薬師の家系を名乗れたものだな!!